「敵…… ねぇ」
顎に手を当て、心外だと言いたげに天井をみやる。その仕草に、木崎は思わず瞳を閉じた。
昔の慎二様は、このような方ではなかった。
身に滲ませた芳香よろしく、艶を帯びた色気と気怠さを漂わせ、何に大しても覇気がない。執着心のようなモノもない。
ただ気紛れに毎日を過ごし、他人に、特に女性に醜態を演じさせては手を叩く。
「敵呼ばわりされる覚えは、ないんだけどね」
「言ってくれるわね」
その瞳は、挑戦的とすら思える。
「蓼酢でもいけぬ奴って、あなたのような人間のコトを言うのかしら? ちょっと違う? そこまでシラを切られると、感心してしまうわね」
智論の、気の強い部分が表に出たようだ。
「今回だって、聖美さんや私が驚いたりうろたえたり、問い詰めたりするのが見たかっただけでしょ?」
「別に」
「肯定してくれなくてかまわないわ。わかってるコトだから」
「決めつけないで欲しいね」
「じゃあ、ちゃんと認めてよ」
「俺はただ、彼女を友人としてみんなに紹介したかっただけよ」
「信じられないわ」
「残念だな」
さも残念そうに瞳を閉じる。
その仕草が、智論には茶番にしか見えない。
「信じろと言う方が無理でしょ?」
なぜ? と問う瞳を、ギリッと睨み返す。
「あなたに異性の友人が存在するなんて、あり得ないわ」
「どうして?」
「それを私に言わせるの?」
憮然と言い返す。
「そこまでさせないでっ!」
とうとう怒らせてしまったか。
平静を保つにも限界がきているようだ。そんな智論の姿に、慎二は満足を感じる。
女はバカだ。こうやってちょっと弄んでやれば、面白く踊る。
そうだ。女ってヤツは、そうやって踊っていればいいんだ。
思わず口元を緩めてしまった慎二に対して、智論は唇を噛みながら下を向いた。
「そうやって私をバカにするのは、かまわないわ」
でもね、と顔をあげる。
「彼女はやめなさい」
「彼女?」
「大迫さん。彼女は、何の関係もないわ」
「彼女は違うよ」
言ってしまって、ハッと口元を押さえる。
彼女は――― 違う?
その態度を訝しく思いながら、智論は首を傾げて問いかけた。
「違う? 何が違うの?」
「彼女は俺の口車に乗るほど、バカじゃない」
そう、バカじゃない
「でも、もしあなたに好意を持ってしまったら、傷つくのは彼女だわ」
「そんなコトには、ならないさ」
「わからないわ」
「ならないよっ」
思わず語気を強めた慎二に、今度は智論が絶句する。
だが、言葉を吐いた慎二本人も、そんな己に絶句した。
相手から視線を外し、半ば唖然としながら、それでも呟くように繰り返す。
「ならない。ならないよ」
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